2007年8月28日火曜日
読書ノート(1)
「国家情報戦略」を読んで
韓国、朝鮮関係の本の書評を掲載して行こうと思う。初回は講談社+α新書「国家情報戦略」を取り上げたい(2007年7月20日第1刷発行)。
本書は、元外務省主任分析官である佐藤優氏と、韓国国防省海外情報部で日本担当官、北朝鮮担当官を歴任した高永喆(コウヨンチョル)氏の対談だ。情報分析に従事したこと、又ご両名とも国に逮捕される経験を持つ(それだけバリバリ仕事をしていたと言うことなのだろう)。
一読後、ドカッとした大きな物を得たとう感じは無いが、断片的な幾つかの興味深い話しがある本だ。日韓両国の情報収集の実態については、下記の点が興味深かった。
● 日本はアメリカの情報を収集していない!
アメリカ情勢の情報についてだが、韓国では国防省情報本部海外部の下に、アメリカ課、日本課、中国課、ロシア課がそれぞれの国の情報を集めており、韓国外務省のアメリカ課、日本課、中国課、ロシア課でも、また外交安保研究院でも動向調査を行っているが、日本は一切アメリカをモニターしている部署が無いという。
日本にとってのアメリカの重要性は言うまでもないことだ。ましてや日米安保がある為、例えば日中関係の今後を戦略的に考える場合でも、中国の将来について多数のシナリオがあり得、一見複雑な作業が必要だが、日米安保によって現在の軍事的な優位性は日米側が圧倒的に強く、中国に対して優位性を確保できる為、外交の運営も軍事的パワーが背景になる現実がある以上、結局中国が取りえる選択肢は狭まると言う。
またソビエトの崩壊のよって唯一の超大国となったアメリカの登場で、日本のみならず各国とも、自国の将来の戦略を考える場合、唯一アメリカの出方を正確に把握しておけば、大きく間違える事は無いと言う。これだけ重要なアメリカについて、動向を一切フォローしていないというのは非常に危険な事に思える。
● アメリカを理解する為に
更に、これは別の書の話だが、真にアメリカを理解する為に、日本は各界が総力を挙げて、アメリカの意思を探るべきだと言う意見がある。「これがアメリカの意思だ」といった場合、ある時にはそれは世論の意思であったり、またある時には政府は議会に動かされたりと、アメリカと一言で言っても、非常な多様なグループが存在し、それが相互に影響し合いながらアメリカの意思を作っているからだ。逆に言えば、アメリカの意思としの実態は「常にこれだ」というものがアメリカには無い。アメリカ世論が一番力を持つグループなのだろうが、アメリカを動かすグループがケースバイケースで違ってくることが、アメリカを読む事を難しくしている要素だという。
日本が総体として、アメリカの各界の動向を理解する方法を取り、それを一箇所に集めて分析する方法を取る場合、逆に外務省や内閣調査室にアメリカ課などがあっても意味は無いのかもしれない。しかしこういった情報収集に疎い日本のこと、単にアメリカに対する気兼ねや、「最大の同盟国アメリカをスパイする部署などもっての外」などの軽薄な形式論で、アメリカ情報を集める部署を作っていないと言うが、どうせこの国の真相なのだろう。非常に危険だと言わざるを得ない。
本書によれば幸い国内でも情報機関作りが、日本の政治日程に上がっているという。アメリカを読めば世界が読めるご時勢であることを考慮してお願いしたいものだ。
● 日本は英国に次ぐ米国の同盟国、NSAの日本の扱いは2流国並み
韓国軍の場合、アメリカ軍が運用する効果な諜報衛星と最新型U-2偵察機を通して、戦略情報の100%を、そして戦術情報の70%を提供してもらっているという。この事情は日本も大きく違わないだろう。アメリカにはNSA(国家安全保障局)という、CIAの3倍の予算と3万8千人の要員を使う巨大な情報機関があり、エシュロンと呼ばれ通信傍受システムを使って全世界の盗聴監視している。「テロ」や「爆弾」などのキーワードに反応し、追跡調査するのだという。
エシュロンは第1次加盟国のアメリカとイギリス、第2次加盟国としてオーソトラリア、ニュージーランド、カナダといったアングロサクソン系の3カ国が加わりスタートし、以後NATO加盟国と日本、韓国、トルコが第3次加盟国になっているそうだ。アメリカは、第2次加盟国のアングロサクソン系の国々には、すべての盗聴情報を共有している模様で、日本や韓国が貰っている情報は、最高レベルの機密情報ではないという。米国にとり、日本は英国に次いで重要な同盟国であるはずだが、情報面では今一歩信頼されていないようだ。
● スパイ天国日本
高氏はまた、日本のスパイ天国の様子は酷いという。第3者から言われるのだから相当に酷いのだろう。佐藤氏によればスパイ防止法が日本にない為だとしている。いずれにせよ、日本で情報機関が作られるのであれば、米国との情報交換は益々活発に行う必要が生じるが、日本に出した情報が漏洩するようでは、米国も日本に大事な情報をくれるはずがない。エシュロンでの扱いや、日本のスパイ防止法不整備である状況は、今後改善を真剣に行うべきと思われる。
● 韓国との情報交換
日本と韓国は米国を介した同盟国と言える。米国を介してというのは、日韓の間には直接の軍事同盟関係は無いが、日本には日米安保があり、韓国には米韓同盟があるからだ。実際、日韓での軍の交流は活発に行われており、米国も入ったハイレベルの3者会議で戦略の刷り合わせなども良く行われているようだ。情報の交流では、北朝鮮情報などは恒常的に交換しているそうだ。
本書にある高氏の日本に対する態度が好意的なのは、旧帝国軍人であった父を持つ影響もあるようだが、軍という明確に日本を同盟国とする組織に属しているからでもあるようだ。軍は明確に敵を想定する組織であり、友邦も明確だ。韓国退役軍人が集まり、ノムヒョン大統領の反米的態度に懸念を表明したことがあったが、韓国の軍事的な敵は依然明確に北朝鮮である以上、合目的な物の見方をしていたのは、退役軍人であったと思わざるを得ない。
● 北朝鮮式諜報工作は日本が作った
その北朝鮮だが、佐藤氏の話しでは、現在の北朝鮮の諜報工作の形作りに、旧日本陸軍中野学校が関与していたそうだ。日韓両国の歴史の因縁を感じる話だ。
佐藤氏によると、戦前・戦中の陸軍中野学校出身者の少なからずが朝鮮半島に渡り、そのなかのなかりの人たちが、戦争が終わっても暫くの間北朝鮮に残ったという。また旧日本軍の情報将校にも朝鮮半島出身者がいたそうだ。こういう関係が朝鮮半島とはあった。
高氏によると、韓国国防省情報本部は北朝鮮のスパイ工作機関を高く評価しており、日本の陸軍中野学校のノウハウを覚えたからだとの見方があったという。陸軍中野学校の教育方法は、北朝鮮のインテリジェンス工作に非常に良く似ているそうだ。例えば中野学校は教師として本物の甲賀忍者を呼んだりしたそうだが、忍者の世界には「草」という、ある国に入り、その国の人に成りすますスパイがある。要するに「現地の人と結婚しろ」と教えている。実際北朝鮮の工作機関が作った「ユニバース・トレーディング」の社員が日本人拉致事件の実行犯として名前が上がっており、これは「草」の例だという。
もうひとつの例として、陸軍中野学校が偏西風を使ってアメリカ向けにやっていた風船爆弾と同様のものを北朝鮮も行っていたという。風船爆弾はこんにゃくと和紙で風船を作り、爆弾を付けたものだが、これは陸軍中野学校の仕事だったそうだ。
また「法弊作戦」という工作も陸軍中野学校と裏表の関係にあった陸軍登戸研究所が行っていた。日本は第2次大戦中香港を接収し、紙幣発券銀行であった香港上海銀行も押さえたが、造幣機を日本に持ち込み、登戸で事実上、真性のお札を、工作の一環として刷ったという。これはいま北朝鮮が行っている偽札「スーパーノート」に良く似ているとの指摘がある。
佐藤氏こういった事情から、こういった陸軍中野学校と北朝鮮の特殊工作の類似点は初耳で興味深い。陸軍中野学校が何をしたかの調査は、北朝鮮のスパイ体制、スパイ工作に対抗する上で有益としている。更に金正日は部下を褒めるときに、「お前は本物の中野だ」と言うと言うそうだ。
ただ陸軍中野学校と北朝鮮の工作機関では、その精神が違う。陸軍中野学校の場合、「謀略は誠なり」として、相手国の無辜の国民を拉致する工作はしなかった。「現地の人々に受け入れられないような謀略工作は、絶対に成功しない」とされていた。この精神は、ビジネス界でも通じる興味深い話と思う。
● 高氏が語る日本人瀬島龍三
高氏が持っている日本のイメージだが非常に親日的だ。高さんは、スパイ容疑で獄中暮らしを強いられ、7年間のシベリア抑留経験のある瀬島龍三をモデルとした不毛地帯を読み、獄中暮らしの心との糧にしたと、日本人が嬉しくなることを言ってくれている。高さん曰く、瀬島龍三は韓国経済の恩人だそうだ。朝鮮戦争で壊滅状態にあった韓国経済が1965年に朴大統領が行った経済開発政策によって経済発展の歯車が回り始めたが、これは瀬島氏のアドバイスと支援があったからだとしている。朴大統領は軍隊の先輩である瀬島さんに、なにかにつけ相談したいたそうだ。
韓国経済が大きく成長する牽引車となった高速道路や地下鉄などの建設や、浦項製鉄の設立、さらには、造船や自動車といった基幹産業が育ったのは、日本の技術と資本協力のお陰であり、それを可能にしてくれたのは瀬島氏だという。また「一国が飛躍的に経済成長を実現するためには、万国博覧会やオリンピックなどの国際イベントを開催することだ」という瀬島氏のアドバイスによって、1986年にはアジア大会が、1988年にはソウルオリンピックがそれぞれ開かれ、韓国は先進国の仲間入りを果たすことができたそうだ。
高さんは現在、瀬島氏が会長を務める「日本戦略研究フォーラム」の客員研究員だそうだが、大変誇りに思っていると言う。韓国人はよく、「恨」の民族だと言われているが、受けた「恩」も決して忘れないと語っている。日本人として嬉しいコメントだ。
● 矜持を失った日本人
ひとつ確認出来たのは、高さんも、やはり日本をサムライの国、武人の国と見ている点だ。高さんいわく、「韓国から見れば、歴史的に、日本という国はサムライの国としていつも武力で隣国を侵略する「武士の国」だという認識を持っている」そうだ。
高さんの父親は、旧帝国陸軍の軍人で、高さんにいつも「あれだけ巨大なアメリカと戦ったのは史上日本だけだ」と語り、日本を尊敬していたという。その後ベトナムなどもアメリカと戦っているが、確かに広いスケールでアメリカと実際に戦闘を繰り広げたのは日本だけだ。日本に対する同様の感想を朝鮮日報の読者の投稿でも見たことがある。「日本は60年も依然にアメリカと戦争する実力を持った国だ。韓国はまだまだだ」という趣旨の投稿だった。
ただ日本人から見れば、何故 勝てもしないアメリカと戦う程、日本は愚かだったのかと言う意識が強い。韓国人の多くは、日本人の悩んでいる自国の愚かさを理解していないのだろう。
しかし高さんは言う。
“ところが2000年に来日して驚いたのは、従来から認識していた日本と現在の日本が全く別だという事実です。かつての軍事大国として、あるいは現在は経済大国として、自分の国は素晴らしい国だという矜持が日本人のなかにあるように感じられませんでした。国民のプライドも、まったく見えなかったのです。やはり、国民の自身に裏打ちされた真の国力というものは、経済力だけでは醸成されないのかもしれません。アメリカとの戦争に敗れたショックが、これほどにも大きなダメージとなって、国全体に広まっていたのでしょう”
これは一面、現在の平和憲法を持つ平和志向の日本が、お隣韓国にも知られていないという側面もあると思われる。しかし平和志向であっても矜持を持つことは出来る。高さんの「日本には矜持が無い」は残念ながら実感として良く判る指摘だ。
やはりこれは日本がアメリカに対してぼろ負けの戦争を展開し、筆舌に尽くしがたい数々の凄惨で不幸な体験をした事が大きいのだろう。こう言った戦後の厭戦主義と、世界唯一の被爆国という 明確に世界的に特異な悲惨な体験をした国という一被害者意識に、ソ連共産党あたりによる日本の軍事力中和化工作によって、戦いは悪だ、戦争は放棄すべき、軍事力は持つべきでない、そして、兎に命は何より尊い、という考えを持つに至ったのだ。その結果、旧社会党からは「非武装中立論」などという空想的平和主義、我々が武装をしなければ戦争は起きないという、願望と現実とが区別の付かない意見を大衆が持つに至ったと考えている。
私の立場は、充分な反撃能力を有する事が、相手の攻撃を躊躇させ、平和を保障するというものであり、これは世界的常識と言えるはずだ。日本でも小沢一郎氏は、これを「普通の国」になると事と言った。正にこれが「普通の国」だと思う。
しかし前述の日本人の精神構造が、日本を世界的常識から外れた精神を生んだと思う。つまり高さんご指摘の通り、「アメリカとの戦争に敗れたショック」ということだ。
日本人はある意味で、敗戦からトラウマを植え付けられている。このトラウマは、軍事アレルギーとも言い換えられるだろう。このトラウマの由来は、アメリカとの戦争に対して悲惨に負けたという劣等感と、更に日本人自身が日本の破滅を防止出来なかったという無力感、あるいは、どうして圧倒的国力を持つアメリカと戦争を始めてしまったのか、何か日本民族に合理的に物を考えることが出来ない重大な欠陥があるのではないかと言う漠然とした不安感と言い換えられるようにも思う。この不安感を抱く人々は、感覚的に軍事力増大イコール戦争が始まる、と発想する。この不安感から日本の軍事力の充実に反対するのだ。トラウマを持った人々は又、日米安保強化へも反対する。これはトラウマと言う他はない。何故なら、敵意を持った国は反撃されないと判断した時、相手を攻撃するからだ。
米国に対する劣等感は、戦後の経済戦争の多数の局地的な勝利で随分癒えたと思われる。しかしまだ日本人は、強い軍事力を持った自国をコントロール出来るとの自信を得るまでに至っていないのでは無いか。これが昨今の右傾化(私に言わせれば「普通の国化」)を進める安部政権に、一種の拒絶反応を示した背景と思われる。この動きに附いて行けない人々が依然日本にはいるのだ。このことを、参院選挙後行われたNHKの討論番組で、いまだに戦争を忌み嫌い、武装することを否定する人々がいることをみて、強く感じた。
トラウマの治療法としては、自分はトラウマを持っている自覚を持つことが第一歩だと思う。トラウマを癒すことなく、普通の国化はあり得ない。トラウマを持つ世代はいずれ消えるが、日本民族の学習という観点からこのトラウマは癒すべきだ。「美しい国へ」や「とてつもない日本」のような愛国心高揚も確かに大事な時期である。しかし、まずこのトラウマの修復を行うべきだと思う。
ちなみに高さんは、日本人は昔からインテリジェンス感覚に優れたDNAを備えているとしている。日本人の敗戦によるトラウマには、日本人の「稀に見る情報音痴「があった様に思う。端的な例がアメリカの国力の判断ミス、あるいは参戦した場合日本がどこまで戦えるかの評価ミスだ。しかし高さんは、日本人のインテリジェンス感覚は優れていると言っている。これは正直、日本人の情報音痴を信じていた私にとって大変意外だった。同盟国との関係から日本に接する機会が多い情報の専門化からの言葉であり、心強いことばと言える。やはり日本人はこのトラウマの為、まだまだ自分自身を失っており、日本人の軍事力の接し方、管理能力を、過度に低くみている点があることに気付かされた。またこれは逆に、日本人はこのトラウマを、意外に簡単に克服できる事を示しているとも思われる。
いずれにしろ何故我々自身が戦争への道を旨くコントロール出来ず、原爆を落とされるまで戦い続けたかについて、その理由や分析は、広く国民の間で共有されているとは言い難い。日本人は太平洋戦争のトラウマを克服するためにも、日本の失敗を分析し、広く国民へ知らしめるべきだ。これが戦争トラウマを見つめ、それを克服することだと思う。高さんのコメントは、色々考えさせるものだ。
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